NO DRINK,NO LIFE

ふらふら日記

反省すれどもシンポなし

店の話は出てきません テイシュの日常をダラダラ書いています

目に染みるほど青く澄んだ空が毎日楽しめる贅沢

21年1月7日(木) 中途半端な緊急事態宣言が発出される

 快晴、13℃。

 夕方、いつかいつかと思っていた緊急事態宣言がとうとう再発出された。期間は2月7日まで、解除の目安は東京の感染者数が500人を切ることだという。専門家や首都圏の知事に無理やり言わされた感がありあり。GOTOキャンペーンを続けたかったという本音が見え透いている。

 感染を抑えて、医療崩壊を防ぎ、経済を回すことの難しさは、誰だって分かる。が、メモを見ながらモソモソと話をされても、国民は困るのだ。自粛自粛と言っていながら自ら会食バーティの参加をやめない政治家がいる限り、国民は信じられないのだ。もっと大事なことは果たして500人を切ったら、その後の感染者数が抑えられると考えた根拠は何なのか。1カ月後も一定レベル以下には下がらず、ズルズル延長されてしまうのではないか。今年も花見が楽しめない春を過ごすのではなかろうか。

 ということで、虎の子は明日から午後4時オープン、午後7時ラストオーダーになりました。土日は予約があれば営業いたします。短い営業時間ですが、ご帰宅前の景気付け、憂さ晴らしに一杯いかがでしょう。

21年1月2日(土) 散歩途中にうしでんしゃと遭遇する

 快晴、無風、9℃。
 
 昨日は朝からずっと飲みっぱなし、食べっぱなしで、やや胃がもたれぎみ。雑煮、いつもなら3枚食べるところが、1枚食べたらそれで腹がいっぱいになった。

 午後、久しぶりに散歩に出る。鶴見川沿いをくだって寺家ふるさと村、鴨志田団地を抜け、足が疲れたらバスに乗ろうと思っていたが、なにやら調子がよく、そのまま歩き続けたしまった。こどもの国、緑山を抜けて2時間も歩いてしまった。途中、横浜美術大学の横を通ったら、池の氷に薄氷が張っていた。また、こどもの国の踏切で電車の通過を待っていたら、「うしでんしゃ」といって牛がかわいらしくラッピングされた電車が過ぎていった。さすが、東急こどもの国線であることよ。

 シャワーを浴びたらすることがなく、今日までは休もうと思っていたのだが、ついつい仕事を2時間ほどしてしまった。大晦日も電車に乗る直前まで仕事をしており、この冬の休みは実質2日しかなかったことになる。なんとなく正月気分にならないのは、コロナのせいだけではない。

 夕方から再び酒を飲み、おせちを食べ、11時に就寝したもよう。せめて寝だめだけでもしておかないとな。

21年1月1日(祝) 宿のおせちに感動する

 快晴、無風、10℃。

 例年と変わらず、湯河原の旅館で年越しをした。この2年で3度目となる宿は建物と設備こそ古いが、料理がとにかく素晴らしい。そして、部屋出しなのに料金がリーズナブルなのである。今回も目と舌を十分楽しませてもらった。昨日もそうだったが、おせちが並んだ今朝の朝食も大満足。黒豆、数の子、田作り、伊達巻き、栗きんとん。そんな定番中の定番がことごとく美味いのである。数の子は人生でそれなりに食べてきたつもりだが、今日のものは出汁と塩味の加減が絶妙で、唸ってしまった。ただ、武相荘もそうだが、すでに自分たちには皿の数が多すぎて、それだけが難点である。あー、もう二皿少なければいいのになぁ。早めに宿を出て、樹齢800年の楠の御神木が立つ五所神社で初詣で。平凡な日常が戻ることを祈って駅へと向かう。それにしてもいい天気で、気分は申し分ない。

 帰宅して2時過ぎから、酒を飲み始める。予約していた出来あいのお節を食べたが、それなりに美味いにもかかわらず、宿のお節とどうしても比べてしまい、ちょっとなぁ。ともあれ、日がさんさんと差し込む自宅のリビングで飲む酒も格別。平凡が一番だなと思う。いい年の始めになった。

20年12月29日(木) 常連様と年を締める

 薄曇り、13℃。

 本日、虎の子は大納会。こちらが到着したのが7時半だったが、すでに7割ほどの常連さんで賑わっていた。素晴らしい。

 いろいろなことがありすぎた1年。2月、3月はどうなることかと思ったが、以前と変わらぬペースで足を運んでくださるお客さんが多く、本当にありがたかった。政府や都の支援も下支えになったが、飲み屋稼業は常連さん次第だ。感謝しながら、これからも普通に頑張っていきたいと思う。

 お行儀よく10時に解散。帰宅したらどっと疲れが出て、間もなくベッドに倒れ込んだもよう。

20年12月20日(日) 箸でうまーいフレンチを味わう 

 快晴、9℃。寒ーい。

 昨日は早く寝たのに、いつもと同じ時間に目が覚め、睡眠8時間。腰が痛くなる。日中は仕事部屋の奥まで日差しが入り、2時半までは暖房が要らないほど。そんな理想的な環境だというのに仕事が今ひとつ捗らず、モヤモヤする。

 日が暮れてから外出。タクシーに乗って町一番のレストラン「B」に向かう。1週間前倒しのクリスマスディナーをツマと楽しむ。いつもであれば2部屋で10ほどテープルがあるが、このところはコロナ対策で3組とスッカスカ。全員がマスクをしているが、ディレクトールが気さくな方で料理が届く前から会話が楽しめた。

 この店は箸でフレンチが味わえる。で、日本酒を燗してもらい、ほぼ和食屋の気分で過ごせた。前菜の少し炙った寒ブリ、富士サーモンのマリネから、蝦夷鹿のステーキ、茶わん蒸し、トリュフの入ったおじや、パスタもすべての料理が素晴らしい。箸で食べるフレンチはナイフ・フォークで食べるより、美味さが倍加したよう。難点は、あまりに皿数が多く、腹がきつくなりすることぐらいだ。なんだかんだで3時間。いやー、堪能しました。フレンチで満腹とは、なんと贅沢なことよ。

 早い時間に帰宅したが、酒以外は何も腹に入らず、大河ドラマを見て過ごし、気付けば11時に寝てしまった。明日の朝は体重計に乗るのがこわいなぁ。

20年12月4日(金) 慰労会を開いていただく

 晴れて13℃。

 朝からのたりくたりと一日仕事。夕方、上原で鍼を打ってもらう予定だったが、スケジュールが迫っていた原稿が書き上がらず、泣く泣く諦める。その後、虎の子にて6月まで暮らしていたマンションの管理人さんと友人の庭師と3人で集まり、地味に慰労会を開いてもらう。

 庭師のOくんは下北沢の桜を助けてもらった縁からつながり、理事長になってからは管理人のWさんとも7年仲良くおつきあいしてもらった。その間、管理会社の担当も密な関係が築け、懸案事項を次々片付けた。管理費を下げ、修繕積立金を上げ、ごみ置き場をリフォームし、エレベーターや玄関ドアも交換した。理事長権限で共用庭の植栽もOくん、Wさんと相談しながら、好みのものに変えた。自分のために頑張ったわけではないが、結果的にマンションを高く売却することができた。

 そんなこんなで昔話に花が咲き、楽しい酒が飲めた。Oくんは前々の管理会社担当が埼玉へ転勤になった後も関係が続き、コロナ禍であっても仕事は増えているという。Wさんはご近所の管理人さん仲間と集めてお酒を飲んだり、Oくんともご家族と会っているそうで、ちょっとびっくり。まだまだ元気に働けそうだ。持ってきてくれた福島の酒も絶品だった。

 仕事は2週間前からピークが続いており、体はクタクタ。しばらく散歩もしていない。背中が張って痛いが、どうしようもない。これが年内いっぱい続くかと思うと、複雑な心境である。頑張るしかないことだけは分かっているけれど。

20年11月22日(日) 引越しパーティーなのだ

 晴れて19℃。まずまずです。

 6月に引越して早くも5カ月余り。同じ小田急沿線の常連さんと、以前かやろうと言いつつ延び延びになっていたパーティーをようやく開く。お二人がやってきたのは3時過ぎ。本当はもう少し多い予定だったが、4人でテーブルを囲むぐらいが話しやすくてちょうどいい。
 
 Mさんは海外協力隊でアフリカ行きが決まっていたが、現下のコロナ禍でままならず。方向性を変えるべきかお悩みのようす。Kさんは最近仕事で東北へ行って帰ってきたばかりで、某県があまりに広くて辟易としてきたとか。ふだん店では聞けない仕事の話もプライベートの話もあっちゃこっちゃ飛び交い、こちらが店を始めるきっかけだとか、かつて店の守り神だった桜の木が切り倒された後の顛末だとか、いろいろ話ができて楽しい一日だった。ワイン3本、日本酒2本があっという間。気付けば6時間が過ぎていた。飲みも飲んだり、酔っぱらいもしたり。

 都心からは離れたが、ただのお客さんが友人になって、この引越しは正解だったかもしれない。そう思えば、コロナも悪いことばかりではないようだ。

20年11月15日(日) 四川料理で体が熱くなる

 晴れて18℃。雨がずっと降らないけど、いいのでしょうか。

 朝から真面目に仕事。年末進行がすでに始まっており、そこに無理やり仕事が放り込まれ、慌ただしい。ありがたいことだが、なまり切った体と頭がどこまでもつが自分でも分からない。

 夕方、ツマと町田へ四川料理を食べにいく。駅近の古い飲食ビルの階段を上ると若い中国人の女性が迎えてくれた。店は清潔感があり、オーダーもてきぱき。もう、それだけで合格点をあげたくなる。四川出身の料理人がつくる料理は、日本人に合わせておらず、舌が痺れる寸前の味で実にうまい。麻婆豆腐は辛さを普通、激辛、天国の三段階から選べ、初めてなので普通を選んだがそれでも結構刺激的だった。紹興酒がもう少し辛いのを揃えてくれたら、最高なんだけどな。後からやってくるお客さんは全組が中国人で、あっという間に自分たちはアウェー感となり、プチ旅行気分。とはいえ、それほど喧しく聞こえないのは、北京あたりと言葉が違うせいなのかもしれない。

 小田急百貨店の地下を一巡りして帰宅。8時に帰宅したが、腹いっぱい過ぎて酒が入らない。NHKの大河ドラマとスペシャルを観ていたら、知らないうちに寝てしまった。

20年11月14日(土) 知らない間に大学構内へ侵入してしまう

 すっきり晴れて20℃。あー、気持ちがいい。

 朝は仕事を少々。食事、掃除を済ませ、2時過ぎジョギングに出かける。緑山まで行き、けやき並木を抜けて、戻ってくるつもりだったが、いつになく体が軽い。日が暖かく、風もない、紅葉もきれいだったので、岡上の尾根を登って下りるコースに変更する。が、知らない道をずんずん進んで行ったら、いつの間にか玉川大学の農学部のキャンパスに入っていた。そのときはどこか脇道があるだろうと思っていたが、考えてみたら住宅街ではないので、門は限られている。礼拝堂がきれいだな、おしゃれな校舎だな、アップダウンが気持ちがいいなと、馬鹿面を下げて眺めて歩いていたら、警備員に呼び止められてしまった。そりゃそうだ。道に迷って出られなくなったことを説明すると、出口を教えてくれ、無事見慣れた道に戻ることができた。それにしても、上品なキャンパスだった。機会があったらもう一度歩いてみたい。トータル14km。これ、人生最長距離かもしれない。

 シャワーを浴びてから仕事をスタート。夕食以外はずっと原稿を書いていたら、9時半にツマより電話。出てみると常連のKちゃんで、これから帰るところですが、鶴川にバーがあるそうですね、とのこと。が、店に電話して確認するとコロナ対策で早終いするということで、おじゃんに。別の居酒屋を指定して10時半に合流した。週末だからなのか、店内はけっこう込みあっており、個室で30代らしき若者が大声で盛り上がっていた。キミたちは新聞もテレビも見ないのかな。ともあれ、こちらは1時間ほど地元話や小説の話で盛り上がり、タクシーが少なくなる前に店を出た。

 変化の多い一日でした。

20年11月6日(金) 施術台で笑ってしまう

 曇って16℃。

 朝イチから仕事をバタバタと。午後3時過ぎに新百合ヶ丘の病院へ向かい、頬のおできを切除手術してもらう。半年ほど前から膨らみ、いっときは7、8㎜にもなったが、このごろは目立たず、キャンセルしようかとも思った。が、それをやってしまえば、改めてお願いするのは気が重くなるのは必至。思い直して当日となった。

 執刀医の先生が心臓手術が急に入ったとかで、代役の先生が担当。この方、大変な話し好きで、施術台に寝ながらこちらがアレルギー持ちだと伝えると(局所麻酔なので話せるのですよ)、手術しながらご自身が韓国土産のスナックを食べて蟹アレルギーになったときのことを楽しそうに話してくれて、思わず笑ってしまった。ちなみにアレルギーは遺伝子異常なので、症状は軽くなっても直らないことを教えていただく。頬から切り取った部位は小指第一関節1/3ほどもあった。
 
 駅前の薬局で薬をもらい、ラーメンを食べて帰宅。今日のところは酒が駄目なので、仕事を終わった後もすることなく、しょうがないので2時半すぎまで映画を観てしまう。酒が飲めないと一日が長いなぁ。

20年11月4日(水) 揺れるコスモスに目が和む

 快晴で、18℃。暑いほど。

 昨晩のうちに当面の仕事をやっつけておいたので、夕方まではフリー。昼過ぎ、散歩に出かけ、「寺家ふるさと村」を目指す。空には雲ひとつなく、風もなし。ジョギングとも言いがたいほどの歩みだったが、気温以上に暑く感じられた。三輪緑山の住宅地の一角にあるコスモス畑が見ごろを迎えており、ピンクの花がきれいだった。恩廻公園では優雅にテニスをする男性2人と、世間話が止まらない若い主婦が2人。寺家ふるさと村は平日だというのに人が多く、車が列をなしていた。田圃の稲は刈り取られ、紅葉には少し早い。皆さん、どこを目指してやって来たものやら。ほぼ8km。最後は腿の裏が痛くなったが、気持ちのよい散歩だった。
 
 シャワーを浴びて仕事をスタートする。夕方、編集事務所のディレクターと電話。提出した企画書はまずまずの反応で安堵する。その後、新規案件の下調べに取り掛かったが、初めての業界でなかなか奥が深い。これは本腰を入れて勉強しないと歯が立ちそうにないと覚悟する。よし、頑張ろうっと。